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「林住期」そして、のんちゃんがわからなかった件

著者:馬詰道代
公開日:2018/09/09
最終更新日:2018/09/09
カテゴリー:雑記
タグ:

我が家においてのんちゃんといえば、義父です。
馬詰です。
さすがに本人に向かって「のんちゃん」とは呼びませんけど。
チャップリン川上も人生を楽しんではるようで何よりです。
最初、チャップリン川上がいう”のんちゃん”が誰のことなのかさっぱりわかりませんでした。

どちらかといえば、私も、

Hatchでまさかの着席・・・

とブログで書く派です。
いや、Twitterでつぶやく派です。

私はのんちゃんのところに毎週木曜日の午前中に行きます。
先日、そこで見つけた本です。
うちののんちゃんが本を読んでいるのかどうかは定かではありません。
本人に聞くと「読んでいる」らしいです。
ちょっと、私は疑っています(笑)
五木寛之氏の「孤独のすすめ」です。
以前は立花隆氏の「死は怖くない」が置いてありました。
80代後半が読むには、なかなかリアルすぎるチョイスです。

この手の本はだいたい、最後からペラペラするという癖がございまして、そしてその後目次に目を通します。
だいたいどこから読んでも事が足りるようになっています。
私はのんちゃんのところに本を読みに行っているわけではありません。
腰を据えて読みふける時間はございません。
パラパラとめくっておもしろいそうなとこをさらっと読むぐらいです。

若い頃、私の人生は50歳で終わる予定でした。
しかし、気がついたときには50を超えていました。
まだ生きるんかい?!です。
予定外です。
おかしいです。
仕方ないので先だって、人生の終わりを更新することにしました。
とりあえず、この調子でいけば70までは確実に生存してそうな気がします。
一旦は最終目的地を70ぐらいにしておきます。
その先はおいおい考えることにします。
さて、「孤独のすすめ」で五木寛之氏は50歳から75歳までは林住期であり、そこが人生のピークだと書いています。

「林住期」こそ人生のピークであるという考えは無謀だろうか。私はそうは思わない。前半の五十年は、世のため人のために働いた。五十歳から七十五歳までの二十五年間、後半生こそ人間が真に人間らしく、みずからの生き甲斐を求めて生きる季節ではないのか―。林住期こそジャンプの季節、人生のクライマックスである。

こう、言うてはります。

また古代インドの人生論では

林住期 

50歳~75歳 仕事や家庭から卒業し林に庵を構えて、自らの来し方行く末を深く瞑想する時期

やそうです。

さすがに私はまだ瞑想する域に達しておりません。
五木寛之氏の林住期のほうがしっくりきます。
我が家の子どもたち、3人とも無事に成人しております。
この先は放っておいても生きていくでしょう。
きじねこに入社したとき(その半年後にクローバーフィールドに入社)、末っ子が小5の冬でした。
それまでは子ども優先の生活でしたので、今のようにライブや映画に行くことは”あとのお楽しみ”に取っておきました。
いよいよ私も林住期のようです。
人間らしくみずからの生き甲斐を求めて生きる季節を満喫できるってことです。
“あとのお楽しみ”を満喫できるってことです。
いや、すでにしております。
ますますパワフルにエネルギーがみなぎっていく気しかいていません。

君ブロもおもろいことになっていますし(笑)

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