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「火花」を読みました。

著者:馬詰道代
公開日:2015/08/12
最終更新日:2017/12/27
カテゴリー:雑記

文学少女(ん・・・軽くスルーでお願いします。)の馬詰です。
巷で話題の芥川賞受賞作品、「火花」を読みました。
通勤のお供、カバンに一冊文庫本で職場に足を運んでいるのですが、単行本のカサの高さに躊躇し購入するか否かで少々思案しながら。

芥川賞にそぐわないとか、いやいやこれぞ芥川賞!やら、純文学の定義にそくしていないとか、純文学なので純文学を読み慣れていない人には読みづらいが立派な純文学などなどの、某サイトのレビューを読み興じた結果、文庫本になるまで待てないやとそのままポチしました。

届いて最初に思ったことは、想像していたよりページ数が少なくて薄い。
通勤のお供としてはギリギリ合格。
あぁ、よかった・・・・でございました。

さて、夏休みの読書感想文を書きます。お盆休み初日に感想文を書くとは優秀すぎます(笑)
冒頭、一文がクネクネと長い。長すぎやろ!スパッ!と行こうや!と内心ツッコミを入れつつ、このまま最後までこの調子なら途中で挫折するんやなかろうか?と一抹の不安を感じた私。
とりあえず、元をとらなければいけない、もったいない精神で読み進めてみる。
題材が漫才師ということもあり、途中から掛け合いの文言など、リズムのある文体が心地よく、最後は切なく終わるという、素直な私はあぁ、これが純文学なんだに落ち着く。
端的にひとことでまとめると、トウのたった青春の群像劇、読み終わったときに切ない風が吹きます。
こんな感じでしょうか。

たぶん、読み手の年代によって印象が違う作品なのだろうとは思います。
ということで、この「火花」は我が家の大学1年生、正真正銘の文学少年にスライドさせました。
彼の年代のほうがいろいろと心に響くものがあるでしょう。

8/11「ガチャピン」ネタで、スタッフのえみ(ちなみにえみは苗字です。私と同様、ちょっとレアな苗字です。)が書いていますが、何ごともつかみは大事です。大事なのですが、私にとってはこの「火花」のつかみはイマイチだったにもかかわらず、最後には切ない風を感じさせた。その技量は本当素晴らしいです。つかみがイマイチでも盛り返せるのです。

新しい事務所に移転し、通常のルーティンワークをこなしながら新しいスタッフと模索しながら、ようよう動き出しつつある中でお盆休み突入。休み明けに気持ちよいリスタートがとれたらいいですね。
なんとなくいろんな意味でいい意味で試行錯誤しながら進んでいる感じがします。

休み明けには元気なガチャピンにも会えるかなぁ〜
技術者の応募もあればいいなぁ〜

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