伝えることの難しさを語ってみる件

自称ブロガーの馬詰です。
この際なので、ブロガーも経歴に加えようかと思っております。
“スーパー事務員”兼”営業もどき”兼”籠職人”兼”ブロガー”です。

このブログもですが、Facebookでもあれこれ綴っております。
私の投稿は長文やと言われるので、ブログやFacebookにしては長文の投稿だと思います。
文字数が何文字超えると長文の括りになるのかは知りませんが。

私はしがないブロガーです。
何か伝えたいことがあるから書くわけです。
その伝えたいことがうまく伝わればいいのですがこれがなかなか難しいです。
Facebookでコメントをいただいたときに、思惑どおり伝わっているかいないかがよくわかります。

私の手法としては、
まず、伝えたいことからタイトルを考えます。
ただ、これがダイレクトに伝えたいこととリンクしているかというと、そうでもありません。
文章を書いているうちに、タイトルを変えることがあります。
Facebookの投稿にさえ、タイトルをつけます。
タイトルについては、「掴みはOK!」と持っていきたい狙いもあります(笑)
やはり大阪人としては「掴み」は大事です。

次に意識しているのが、リズム感です。
文言のリズム、一文のリズム、段落のリズム、全体のリズムです。
イェ〜イ👉👈
堺筋本町
本町
ほんまな〜ん
イェ〜イ
っていう、ラップのノリ。
こんな感じです(笑っ)
リズム感はタイトルより重要視しているかもしれません。

行間も大事です。
行間に思いタップリです。
そういえば、高木の著書に”プログラムの行間を読む”たらなんたらというのがありました。

文章の構成はなんとな〜くイメージしています。
たかだか1500文字足らずの文章ですから、イメージだけです。
ただ、終わり方には注意を払います。
特にFacebookで介護ネタを書くときの終わり方は気をつけます。
一般的に介護というのは大変なものというイメージです。
私は別段しんどくはないのですが、負のイメージを残して終わるのは私のポリシーに反します。

そして、何よりも意識するのは受け手です。
誰に向けて書くのか、です。
それによって伝えたいことをひとつに絞ったり、それに付随して1つ2つ加えたりします。
伝えたいことは多くて3つまでと決めています。
ひとつに絞らないのはボヤかせるためです。
オブラートに包むためです。

そうすると、受け手がこちらの意図と違う反応を返してきたりします。
まっ、Facebookでのコメントで、いやいや、私はそれやなくこっちに着目して欲しかってんということですね。
それはそれでいいのです。
受け手の個性や状況によって引っかかる箇所が違います。
これが非常に面白いのです。
その人となりが見えます。

さて、本題はここからです。
受け手を意識するのは文章を書くときもですが、普段の生活、仕事でのやり取り、全てに置いて必須です。
普段の生活で受け手(目の前の人)を意識せず、自分の考え(気持ちや感情)だけで話をするとなかなか上手く伝わりません。

一番滑稽なのは伝え方が下手なクセに、受け手の理解のなさを嘆く人です。
いや、いや、いやーそれはあんたの伝え方が悪いんちゃいますのん!ってことですね。
私の知っている人にそんな滑稽な人物がおりました。
気分によって言うことが違ったり、相手によって言うことが違ったりします。
一貫性がありません。
挙げ句の果てに理解しない相手をなじります。
非常に残念な人です。

また、話がそれました。
何においても相手のことを意識するのが大事です。
なかなか難しいことですが。
子どもに勉強を教えるとき、「こんなことも分からんのか?!」ではなかなか伝わりません。
目の前の子どもに、自ら何を分かっていないのかを認識させる作業から入らないといけません。
子どもが何を分かっていて、何を分かっていないのかをこちらが認識して導けるかどうかです。
ほんと、人に何かを伝えるのはなかなか骨の折れる作業です。

ふぅ、こんだけ長文を書いて、何も伝わらななかったらたら思うと涙ちょちょぎれですかね。

✳︎文中、高木の著書は『プログラマーのためのソースコードを読む技術』でした。
失礼いたしました。