コントロールできる人なんていない件

月初めはホンマ走り回っている感満載の馬詰です。
来月は2人、入社が決まっています。
ということは、来月の月初は社員入社に伴う社会保険等の手続きが発生します。
ヒャ〜〜という感じですかね。
弊社、私が関わっている10年ほどのほとんどの期間、社員は増えませんでした。
社員を雇用することで発生するいろいろな手続きやら事案のスタイルが確立されていません。
いっとき、何も考えず増やした時期がありました。
結局、そのときに舵を切っていた人がいろいろやらかしてくれちゃって、これまたヒャ〜〜という状況を経て現在です。
おかげでいろいろ勉強をさせていただきました。
“ありがとうございます”とお礼を述べておきましょう。
ということを踏まえて、今後は会社の方向性を明確にし、運営していきましょうとなりました。
また、社員の方々におかれましても、個々に真摯に対応させていただいております。
就業規則や雇用契約書やらその他諸々、労使ともに前向きにより良い方法を模索し、柔軟に対応しています。
ここにきて社員が増えています。
変則的な増え方なので、通常の求人を見て応募いただいたというスタイルではありません。
いかにもクローバーフィールドらしい増え方です。
今後は通常の求人でどうアプローチしていくか?が課題です。
さて、本題です。
案件情報によく記載されている「コントロールできる人」
私はこれだけがどうも納得できません。
ほかの「一人称で仕事ができる人」とかは、まぁ、なんとなくたぶんこうでしょうで済ませています。
高木のように「一人称で仕事ができる?」と、食いついたりしません(笑)
そのあたり、結構、ええ加減です。
そんな私がこれだけは無理というのが「コントロールできる人」です。
商流が深くないという程度の意味なら良しとします。
対人間でコントロールできる人なんて、存在するのでしょうか?
私は自分が産んで育てた子ども3人ですら、ようコントロールできません。
ていうか、親にコントロールされるようには育てていません。
親に反対されても自分の意思を通すぐらい、自我を確立するように育てたつもりです。
親にコントロールされるようでは、親が先立ったあとどうするのでしょう?
なので、私には子どもをコントロールするという思考はありません。
我が子にすらそんな状況なのに、よそ様のお子さま(弊社、社員の若人たちです)をコントロールできるわけがありません。
しようという気持ちもありません。
ただ、社会生活を送る中で、これは折り合いつけてもらわれへん?というぐらいの話はします。
「コントロールできる人」と記載のある案件には責任を持つことができないので、私は躊躇します。
他人様をコントロールできる前に自分自身をコントロールできているのでしょうか?と問いたくなります。
えっ?別にケンカを売っているわけではありません。
自分自身をコントロールできないのに、他人様をコントロールするなんて、なんとおこがましいことなのでしょう。
そう思えて仕方がありません。
それだけです。
すみません。
オワリ。

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