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「主語が無い」という主張をする者の大半は「国文法の教養が無い」

著者:高木信尚
公開日:2016/01/12
最終更新日:2017/12/27
カテゴリー:雑記
タグ:

こんにちは、高木です。

以前にも書いたことがありますが、数学や理科の話題を出すと「私は文系なので」という輩が一定するいるようなので、今回は文系の話題を出すことにします。

タイトルの通り、「主語が無い」という主張をする者の大半は「国文法の教養が無い」です。
ちなみに、私は普通「無い」は「ない」のようにひらがな表記にするのですが、「無い」ことを強調するときはあえて漢字にしています。

さて本題に入りましょう。

「主語が無い」という主張を耳にする機会は少なくありません。
けれども、そもそも日本語における「主語」とは何なのでしょうか?

日本語では「主語」はあたりまえに省略できます。
ヨーロッパ語でも、非常にくだけた口語以外で主語を省略することがありますが、それは述語動詞に付いた人称語尾から主語が明確だからであり、日本語とはまったく事情が異なります。

普通は「が」や「は」といった助詞が付く語を主語と考えますが、実際には意見が別れるところであり、はっきりとした説はありません。
また、「が」は格助詞ですが、「は」は係助詞です。
係助詞というと古文の係り結びを連想する方も多いと思いますが、現代文にも係助詞は存在するのです。

そして、「は」は題目を表すためのものであり、必ず主語を作るためのものではありません。
具体的な話をしましょう。

「りんごは好きですが、梨は嫌いです」という文があったとしましょう。
このとき、「りんごは」や「梨は」は明らかに主語ではありません。
強いていうなら連用修飾語です。
この場合の主語は、省略されている「私は」あるいは文脈次第ではもっと別の何かでしょう。

ちなみに、目的語とか客語というのは、ヨーロッパ語などの外国語の文法です。
日本語にはそのようなものはなく、述語にかかる連用修飾語になります。

「主語が無い」という主張の多くは、何の話か分からないということではないでしょうか?
求めているのは文法上の主語ではなく、題目であったり、場合によっては経緯説明だったりします。

主語ではないものを求めているのに「主語が無い」というのもまた、何の話かわかりません。
傍で聞いていると、日本語が不自由な者どうしの会話に聞こえてしまうのですが……。

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