一人称で仕事ができる?

高木です。おはようございます。

先日社内で話題になったのですが、「一人称で仕事ができる」という言葉の意味が私にはさっぱりわかりませんでした。

あらためてSESの案件情報を調べると、「一人称で対応できる」とか「一人称で動ける」といった表現が多数見つかりました。
一体これはどういう意味なのでしょうか?

少し調べてみると、「一人称視点」とか「一人称行動」といった言葉が見つかりました。

このうち、「一人称視点」については、主にゲームなんかで主人公の視点で画面が構成されているようなものを指すようです。
ファースト・パーソン・シューティングゲームとかがそうですね。

「一人称行動」というのは、「私はどう動くのか」、「私はどう対応するのか」といったように、周囲の状況変化に自分が主体的に対応していくということのようです。

ただ、ここでひとつ大きな疑問が浮かびました。
そもそも普通の人間には、「一人称視点」も「一人称行動」も当たり前のことです。
幽体離脱して、少し離れたところから客観的に自分を眺めることも、自分に指示を与えることもできないですよね。

一人称にもいろいろあって、「私」や「俺」だけではなく、「私たち」とか「我々」とういった複数の一人称も存在します。
さらに言語学的に突っ込んだことをいえば、一人称には「包括形」と「除外形」があります。

これは何かというと、「包括形」というのは話の相手、すなわち「あなた」も含んだ「私たち」です。
「除外形」は話の相手を含まない「私たち」です。
これらもすべて「一人称」なのです。

こうなってくると、「一人称で仕事ができる」の意味が漠然としてきましたね。

今度は、対比するために、「二人称で仕事ができる」といった場合の意味を考えてみましょう。
相手の視点に立つということですから、相手の気持ちを推し量ったり、相手の立場になって考えたりできるということでしょうか。
また、(「あなたが○○しなさい」ではなく)「あなたが○○する」ということですから、相手が自分の意に沿った行動をとるように誘導するという意味になるかと思います。
こう考えると、一人称で仕事をするより、はるかに難度が高そうです。

では、「三人称で仕事ができる」といった場合はどうなるでしょうか?
これは、一人称で目の前のことしか見えない状況とはことなり、離れたところから俯瞰的に眺めることができるということになるのでしょうね。
そして、チームメイトや大衆の心理を把握し、行動を操ることができるということになってきます。

なんか凄い能力ですよね。
リーダーになる資質を感じ取れずにはいられません。

というわけで、「一人称で仕事ができる」のはあまりにも当たり前のことです。
クローバーフィールドでは、「二人称で仕事ができる」さらには「三人称で仕事ができる」猛者を大歓迎します。
「われこそは!」と思われた方は、ぜひご一報ください。