問題解決能力とググるセンスについて語る件

身内には、私に言うたら何とかしてくれるという暗黙の了解があるようです。
問題解決能力、結構あります。馬詰です。

詳細は後日、私のブログで書くとして、今、ヨーロッパにいてる長男がやらかしよりました。
本人がやらかしたわけではないのですが。
まぁ、無事に帰国したらこんなことがおましてんの格好のブログ・ネタです。
転んでもタダでは起きません。

先月、お盆前に日本を立ち、パリ経由でオランダ入り。
1か月、オランダの大学のサマースクールに参加して、その後10日ほどヨーロッパ旅行を楽しんで関空に帰国の予定です。
台風で関空に着くのが厳しい状況の対処は大した問題やありません。
というても、関空着を名古屋着に変更する作業は結局、私かい?!でした。

今までの人生において私自身がやらかすことはありません。
あるとしたら、手術を要する病気を数回したことでしょうか。
これについてもなるべく1人で解決する姿勢です。
基本、人さまの手を煩わすことは極力しないのが私のスタンスです。
きじねこ入社直後に右目の網膜が剥がれるという、いわゆる網膜剥離になりました。
手術を受けるわけですが。
右目、上から網膜がビロロローンと剥がれているので、上半分は何も見えません。
そんな状況でもひとりでタクシーを呼んで病院に向かいます。
病院に着いた頃には網膜は2/3剥がれています。
右目はすでに使用不可です。
左目は超ど近眼です。
手術するにはいろいろ書類にサインしなあきません。
「見えへんから代わりにサインして」と伝えます。
「なんやったら承諾ですと録音してくれてもいい」とも。
それでも「ご本人かご家族のサインを」と言われ、「付き添いはいてないんですか?」と責められます。
身体は動くしひとりで来れるし、あかんのか?!
と叫びそうになりました。
この先、死ぬときですら、自分の最期の後始末を自分でしたいぐらいです。
物理的に無理なのが非常に残念でなりません。

問題が勃発した一瞬はさすがに血圧が上がる感じはあるのですが。
ひと呼吸して落ち着きます。
そのあとはまずは現状確認。
そのときの状況確認。
のちに必要になるかもしれない時系列に並べたエビデンスの有無、以降のそれの確保。
問題の原因追究。
解決方法の模索。
と、いろいろググりまくります。

この「ググる」ですが、センスのあるなしが重要です。
ググるのにセンスなんていらんやろ?というてるあなた、それは大きな間違いです。
この「ググる」、そのセンスのあるなしで結果に雲泥の差が生じます。
このググるセンスは、紙の辞書の活用にも似ているところがございます。
紙の辞書で調べたい事柄を見つけたあと、それで終わっていたらググるセンスは身につきません。
そこから派生していろいろ調べるということをやってきたかどうかでググるセンスの有無が見えてきます。

問題が勃発しその解決に向けていろいろ調べていく。
これでまたいろいろ知見が身につきます。
そう思うと問題が勃発するのはありがたいことかもしれません。
嬉々として立ち向かえば、好転しますしね。

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