世の中は差別によって成り立っている。

高木です。おはようございます。

色覚支援アプリの話題もいったん終わりました。
今回からはまったく違った話題でブログ投稿していきたいと思います。

今回の話題はズバリ「世の中は差別によって成り立っている」です。

私は大学時代、電子工学科に所属していました。
要するにバリバリの理系ですが、一般教養としていわゆる文系的な科目も結構学びました。
とくに、世界史の講義は好きで、土曜日の6限目というワーストな条件にも関わらず、欠かさず出席したものです。
受講する学生は、私を含めて2、3名程度しかいませんでしたが・・・・・・。

そんな感じで受講した「日本国憲法」の講義では、いくつか印象に残っている先生の言葉があります。
今回の「世の中は差別によって成り立っている」もそのひとつです。

私たちは、子供のころから差別は絶対悪であるかのように教えられてきました。
ところが、その「日本国憲法」の講義で先生が話してくださったのは、「ダメなのは不当な差別だ」ということでした。

弊社では現在技術者の求人を行っています。
当然のことながら、応募された方全員を採用というわけにはいきません。
結果、採用される方、不採用の方に分かれるわけで、これは立派な差別です。
けれども、それは正当な選考結果によるもので、不当な差別ではありません。

考えてみれば当たり前のことですが、大学で講義を受けたとき、目から鱗が落ちたような気分になりました。

それ以降、私は「正当な差別は積極的に行っていこう」と考えたものです。
そのためには正当な差別ができる立場にならなければなりません。
現在は、非力ですが、多少なりともそうした立場にいるのかもしれませんね。